KUROのブログ

黒崎政男〜趣味の備忘録

■ELLA Songs in a mellow mood (DECCA records HIFI  DL 8068 mono)1954
Ella Fitzgerald with Ellis Larkins at the piano
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 エラの歌はとても好きで、よくアルバムはかつてから(LP時代、CD時代を通じて)買っていた。特に1950年代の声はジャズ的なのにどこか端正で透明に伸びる感じですがすがしい。私のここ一年ぐらいのLPオリジナル盤、初期盤狂いでも、何枚かエラのアルバムを入手していたが、この 「ソングス・イン・ア・メロー・ムード」 は、機会があれば入手したいなあ、と思っていた筆頭のエラ盤。
 というのも、かつて1980年代に、私が真空管でプリアンプ(RIAAカーブイコライザー)を夢中で製作していたときに、よく掛けていたレコードがこのエラのELLA Songs in a mellow moodだったからだ。ピアノ一本のバックだけで、端正にジャズのスタンダードナンバーを歌い上げるこのアルバムは、なにか、ドイツ・リート歌曲集、例えば、シューマンの「女の愛と生涯」を聞くような感じまでして、ほんとのジャズのエラではないかもしれないが、大好き!というアルバムだったのだ。今回、オークションにジャズのオリジナル盤だけをいつも大量に出品している人から落札した。
 私が知っていたアルバムは、もっと茶色っぽくて、エラがなにか喪服のベールをかぶっているような暗めのジャケットだったのだが、今回入手できたオリジナル盤はとてもきれいな水色の背景にピンクの文字が美しい。エラの写真もずっと魅惑的な表情に見える。このモノとしてのアルバムを入手できただけでとてもうれしくなった。
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装置は、EMT930st(155st) + TND25(EMTモノラル用カートリッジ)+WE205Fppアンプ(自作)+ スピーカー EMG model DCR 15D (Tannoy 15" monitor Silver) 

 この装置で聞くこのオリジナル盤は、ニュアンスと陰影に富んでいて、いままで聴いてきて耳に残っているエラの声とは大分違う。こちらでは、語ったり、歌ったり、ため息をついたり、とさまざまな表情の陰影が濃い。明るい喜びや憂鬱な淋しさや、が実によく表現される。EMTのモノラル用カートリッジも、使い始めよりどんどん鳴ってきてかなりニュアンス豊かになってきた。
 30年前に持っていた盤は、もちろん再発日本盤だった。オリジナルのUS初期盤が断然いい音がする、などとは当時まったく知らなかった。また、よしんば知っていたとしても、当時なら入手はほぼ不可能だったろう。
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盤面もとてもきれい。なにか、かつての体験を、オリジナル盤を多少は洗練された装置で再び聞く、という過去の追体験をやっているような気持ちになる。あのときの<私>と今の<私>は、どのように違うのだろうか。。同一のレコードが逆に<私>の変化というものを逆照射してくれている、そんな感じになった。
 ちなみに、この時、やはり私の大好きなアルバム ELLA and LOUIS (verve MGV-4003mono)の初期盤も同時に落札できた。何度も高値になりすぎて、落札を諦めてきたものだが、やっと手に入った。こちらのアルバムは、私がnet audio に夢中になった2011年ごろ、LINNの KLIMAX DSMを入手したときに、hi-res 音源でいつもレファレンスとして聞いていた曲たち。こんなに気持ちがリラックスしてほっとした気持ちになるアルバムも珍しい。TenderlyもApril in Paris もアラバマに星落ちて、もみないい。
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 この二枚は私のエラのベストアルバムと言ってもよいのだが、ここ半年ぐらいのうちに手に入れたエラの初期盤、オリジナル盤を下に。
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初期盤は、ジャケットがとてもしっかり作ってあって、所有する喜びもひとしおだ。レコードというものが当時いかに貴重なものであったか、がとてもよく分かる。

■WE205Dを二本入手。始めに、単段シングルアンプ(ステレオ)を作った

*すでにWE205Dppアンプについて書いたが、今回の話しは(一週間ほど)さかのぼって、205D入手時のときのものである*

 あこがれのウエスタン・エレクトリックの丸球、最初の出力管、WE205Dを二本入手した。
 LPプレーヤーは、EMT930st(+155st)をモノラル再生用に導入、ステレオ用のLINN LP12をほぼ同時期にurika2までアップグレードして一段落。ちょっと真空管アンプをいじりたくなってきていた。WE300Bは約30年、RCA250は数年関わってきて、できればほかに面白い出力管はないかなあ、と考えていたところだった。
ネットでなんとなく検索していると、秋葉原の真空管店AのHPに、

WE205D 丸球6本入荷

という記述を見つけた。えっ?丸球205ってお店で売っている!?そしてすぐ、飛んでいった。翌日には、手持ちのWE300BとWE274Bを下取りに出して、ちょうどブツブツ交換のようにして205を二本もらったのである。6月中旬のことである。

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左が205Dの中期型で、記述はガラスに書いてある(モールドベース、サイドマーク。右がいわば後期(モールドベース、刻印)。この205Dは、出力が1W程度であり、現代の低能率のスピーカーを鳴らすにはパワーが足りない。スピーカーは、高能率のもの、例えば、ALTECのホーンスピーカーとか高能率のものだとなんとかなる。私のスピーカーは、ALTEC A5(中域をJBL375+TAD 木製ホーンに変更)と、タンノイ 25cm red、38cmsilverなので、分厚いオケを深々と鳴らすには力不足だが、それ以外は、205一本で使用できる。

 我が家でまず205Dの音を聴いたのは、したがって、この205Dの単段アンプで、だ。入力にはWestern Electricのトランス(30年以上、MCトランスになったり、入力トランスになったり、と大活躍のトランス )。600オーム:47K~147Kオームの昇圧比があるので、この増幅だけで、出力管を振ろう、という魂胆である。このアンプはもともと、RCA45 /2A3 両用アンプとして以前に作っていたもの。


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次の写真は、WE205D ==>  WE205F、 RCA280==> RCA 80
に差し替えたもの。205Fが近代的な姿態ST管なので、整流管のほうもナス管からST管にして合わせてある。こうやってみると、WE205D +  RCA 280 の時とはだいぶ雰囲気が違って、実用的なアンプのムードになる。

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このWE205D(F)を単段アンプ(出力管のみ)で作って、分かったのは、この真空管の個性がきわめて強い、ということだ。この前身で、出力管をRCA45にしたり、RCA-2A3に替えると、確かにそれぞれの真空管の特徴は出たが、それよりも、出力トランスの大きさや電源回路の特徴など、それらの性格のほうが前面にでていた感じがする。
 ところが、この205は、そういうことを乗り越えて、はっきりと<205の音>が顕著に表れる。透明でしかも浸透力があり楽器のそれぞれの個性をくっきりと描き出す。真空管パワーアンプにおいて、これほど最終出力管の特徴がそのアンプの性格を決定する、とはこのWE205以外では経験したことがないように思う。もちろん、WE300BやRCA-250はそれぞれ音が違うし、出力管がアンプの性質を決定する大きな要素だとは思っていたけれど、WE205Dは実に、ものすごい真空管だと思う。
 この真空管が、1924年から(WE300Aが生まれる)1933年まで、映画館、劇場、病院などで拡声装置のアンプとして世界中を君臨していた。大正時代に使われていた真空管が、平成時代も終わろうとしている2018年に、いまだに日本のこの我が家で美音を聞かせてくれる、ということは本当に驚嘆すべきことである。

■貴重なエリントン、オリジナル盤を入手。裏面書き込みあり!

LINN のLPレコードプレーヤーLP12を、電源部やらシャーシ部を強化しアームもECOSにまでグレードアップし、カートリッジもKandidにしたあたりで(それまでは、国内盤であろうと再発盤であろうと外盤であろうと頓着してこなかったのだが)、急に初期盤、オリジナル盤のよさが圧倒的に際立ってきて、それ以降、LPレコードはなるべく初期盤かオリジナル盤を入手するようになった。
 最初に目覚めたのは、昨年、クレンペラー指揮マーラー「大地の歌」を中古レコード店で購入したとき。おなじレコードでも500円、1500円、5000円みたいに国内再発か、外盤か、外盤オリジナル盤かで、あまりに値段が違うので、試しに、と思って(ほぼ)オリジナル盤を購入してみたのである。音のキレがすごい。実にリアルな音、音場が気持ちいいでぞくぞくする。・・ここから長くなるので省略するが、とにかく、ここのところしばらくオリジナル盤にはまっている、ということだ。
今回、ようやく、オークションでかなり安めにDuke Ellington and Johnny Hodges の超名盤「side by side」(verve, mono MG V-8345)が入手できた。
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なにしろ、コピーをかさねた再版盤とはちがって、ジャケット自体、魅力的だ。盤面もなかなかきれいでいい。いいなあ、と思ったが、なんと裏面に書き込みがあるのを発見。最初はあちゃー、残念と思ったのである。
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だが、よく見てみると、きわめて重要な箇所を示した書き込みだ。次の箇所に線が引いてあった。

all of the second side was recorded in New York on August 14,1958.

last of the three sides cut with a smaller unit in New York on February 20, 1959

エリントン・マニアならよく知っていることなのかもしれないが、この名盤は、1958年と1959年の二つのセッションのごちゃ混ぜ盤だ、ということをこの書き込みは示していた。
私はこのアルバムにはCD時代に出会っていて、これと対の「Back to Back」とともによく聞いていた。なにしろ、ジョニー・ホッジスのアルト・サックスの音色はあまりに魅力的で、一聴して「これジョニー・ホッジス!」と分かるほど。こんなにビブラートと音色が美しいサックス奏者は、他にはいない、と(勝手に)思っている。それで、これらのアルバムは、よく聞いてはいたが、CDの流し聞きの場合には、1,2,4曲目がエリントンのピアノで1959年。その他はビリー・ストレイホーンのピアノで1958年などとは、絶対に気がつかない(なかった)。
 こう意識して聞いてみると、絶対に1958年の演奏のほう(A面3曲目、B面すべて)がいい!と感じる。こちらには、ホッジスの他に、Ben Webster(ts)、Roy Eldridge(tp)なども参加している。
 さらに、この書き込みのせい(おかげ)で、裏面のライナーノートを読むと(意訳してみると)

Just a Memory(B面1曲目)は、まず、Benがやさしくしかし力強いソロを取る。なかなかセンチメンタルだ。次のRoyは、これまで録音されたなかで一番はっきり、彼がいかにリリカルでトレイニングのいきとどいた演奏をするか、が分かる。ウエブスターとエルドリッチが雄弁にブローしたあと、ホッジスのソロは、シンプルであることが、いかに意味深いものであるかを示す典型だ。

数分の曲をここまで端的に表現したNat Hentoff という評論家は実にすぐれているなあ、と感心しながらも、このソロはBenで次がロイで次がホッジスで、と初めて意識しながら、この曲を聴いた。この一曲を実に深く味わうことができた。
 CDやネットストリーミングで、このアルバムを聴いたとしたら、ここまで丁寧に一曲、一曲を聞き込むことはなかったろう。
 貴重なオリジナル盤ジャケットに、汚されはしたが、しかし、的確な書き込み、ありがとう、という気持ちになった。


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