KUROのブログ

黒崎政男〜趣味の備忘録

2018年08月

ロストロのチェロソナタがウィルキンソン録音だった、という発見の話を書こうとして、いろいろ回り道してしまった。ついに本題である。



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といっても、言いたいことは表題通りなので、それで終了、である。何度もことあるごとに聞いてきたロストロポーヴィッチのチェロが奏でるシューベルトのアルペジオーネ・ソナタは、雄大で朗々として、しかも心の襞に染みこんでくる響きだ。

(この曲には、私には、もう一つの愛聴盤がある。それはSPレコードで、エマヌエル・フォイアマンのチェロ、ジェラルド・ムーアのピアノ、1937年に英コロンビアに吹き込まれたもの。フォイアマンのチェロは、ロストロに較べるとすっきりと淡々としているが、彼の超絶技巧が曲の核心を正面から捉えている。37年の録音だとSP時代最高の音質と言ってよく、その冴え冴えとした音は、竹針+EMGinnExpertの蓄音機で掛けたときには、まさに実物のチェリストがそこで弾いているような実在的な音がする。SPレコードについてはまた稿をあらためよう)

このロストロポーヴィッチのチェロの録音が、ケネス・ウィルキンソンだとはまったく知らなかった。(というか、録音技師に注目してレコードを聴く、という習慣は最近始まったことなので、以前には知るよしもないのだが)

 2年前からのLP再収集で、入手していたのは、DECCA輸入盤、二枚入りボックスだった。とてもいい音がしてはいたが、チェロの響きが、若干過剰な感じだなあ、と思いながら聞いていた。かつてのこのレコードは、ここまでリバーブ感が強かったかしら。確かにロストロのチェロは朗々と雄大で朗々と響くのではあるが。
そこで、気になって別の盤面をYahoo!オークションで入手してみた。国内盤で見開きジャケットのものと通常のもの。キングのLONDON盤の音はかなり信頼しているので、国内盤だが入手してみたのである。一挙に三枚になった。

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それが昨日までに届いた。さっそくレコードを磨いて、次々掛けてみる。


プレーヤーは、いつものように、LINN LP12(+urika2) というRIAA補正イコライザーを内蔵させたもの。カートリッジは、LINNのフラグシップKANDID。
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このプレーヤーの内部にはurika2というRIAAイコライザー(プリアンプの頭部分)しかも、かなり早い段階でデジタル化してからRIAA補正を行う。したがって、urikaのline出力から、urika2ではデジタル出力に変更される。それをLINN Klimax DSMで受ける。 次はurikaからurika2に入れ替え作業をしたときの写真。ここはプレーヤーの底面。その裏(内部側)。
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このプレーヤーは、初期盤や再発盤、オリジナル盤や日本盤など、レコードの違いを見事に描き出してくれる。このプレーヤーシステムを導入していなければ、こんなに初期盤やオリジナル盤に入れ込むことはなかっただろう。

(ちなみにもう一つのLPプレーヤーシステム、EMT930st+TSD15 のほうは、それほどレコード盤の差異が気にならずに鳴らしてくれる。)


レコードに話題を戻そう。
(1)さてまず通常ジャケット日本盤(帯付き)
とても品がいい音で鳴らしてくれる。激しさや力感というよりは、ちょっと遠目から聞く若干線の細い音。しかし、これ一枚でも十分満足できるきれいな音だ。
(2)DECCA盤
力感や輝きは増すし、リアリティがある。だが、やはりリバーブ感がちょっと過剰な感じなのはどうしても残る
(3)見開きジャケット日本盤
すばらしい!力感や輝きはさらに増し太くて朗々としている。そして不自然なエコー感はない。実に見事な音がする

(1)と(3)はファーストインプレッションに近いが、(2)はずっと聞いてきているが印象は同一である。外盤が必ずしもいい、とは限らないのである。レコードの発売月日を見てみる。なーるほど!である。

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(1)日本盤帯付き 1986年
(2)ドイツ TELDEC 盤 1983年
(3)日本盤 1970年
レコードジャケットの裏面に表記された年号を参考にするかぎり、(3)の日本盤は、ほぼ初期盤に近い。
このアルペジオーネ・ソナタの録音は1968年だからである。
リバーブ感が不自然な(2)は、オリジナルの英国盤ではなくて、ドイツ盤。しかも、相当後の時代、TELDEC時代のものだ、ということに気がついた。
(1)の日本盤も相当の後盤だが、キングLONDONのせいか、いやな音はしない、十分聞き込める盤だった。

■後発TELDEC盤は音色が均一化されて音像も巨大すぎる。初期LONDON盤はいまここで音楽の生成に立ち会っているようなライブ感がすごい!
~~~ここまで違うと恐ろしくなる~~~

この(3)日本KLONDON盤初期盤を聞き込んでいくと、まず、チェロとピアノの大きさが等身大で、人が弓を使って弦を弾いているそのニュアンスまで伝わってくる。ああ、上げ弓で根元でスタッカートしているな、とか、ちょっとかすれたな、とか、まるでライブでその場に立ち会っているように鳴る。ピアニストとチェリストが息を合わせながら音を作っていっているという<いまここで生成している>感がすごい。
 これにくらべると(2)ドイツTELDEC盤後発盤は、チェロの音色がなにか均一化されていて(つまりこまかいニュアンスがそげ落ちていて)音像も巨大なおばけのようになっている。響きも人工的に付加した感じで、雄渾といえば雄渾だが、大雑把な感じで鳴る。
 ロストロポーヴィッチというチェリストの性格まで違って聞こえる。後発盤では、よくいえば豪壮で雄渾。あまりニュアンスのない外面的な音のチェリストに聞こえる。初期盤では、ニュアンスが細やかで繊細な心に染み入るような演奏をする人だと感じられる。
 同一録音でも、LPレコードプレスによって、ここまで違うのか。少しく慄然としてしまう。


(3)の日本盤のレーベルはこれで
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上部の刻印を確認してみると、
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*****ー1W
なので、かなりの初期盤かもしれない。DECCA(英国)の輸出用レーベルがLONDONであり、原盤をそのまま海外でも使用していた、とも言われている。これは相当DECCAオリジナル盤に近い可能性もある。
(このアルペジオーネのオリジナル盤はe-bayでも相当の高値がついている。いま確認すると、SXL 6426 ED3 WBで、UK ED3 Wide Band Pressing (1st edition for this recording) in Near Mint condition and Jacket in Excellent condition.
とされている出品は、イギリスからで、GBP 1.200。つまり、日本円で、171,816円で<BUY IT NOW>(即落)とされている。17万円。いったいどんな人が購入するのだろう。。)

■録音会場の音響もレコードにとっては本質的ではないのか

さて、このように録音技師ケネス・ウィルキンソンに注目してLPレコードを見てきた。そこで、次第に気になってきたのが、その<録音会場>である。
このロストロ=アルペジオーネ盤の録音場所は、イギリス・スネイブとある。このスネイブとは、会場がモールティングスのことを指すのだが

ESOTERICのHPにある記述を拝借すると
録音場所のモールティングスは、イギリス東部のサフォーク州スネイプにあるコンサート・ホールで、もともと19世紀にビールの醸造所として建てられた建造物の一つ。1960年に醸造所が廃止され、1967年からはブリテンとピーター・ピアーズが主催していたオールバラ音楽祭のメイン演奏会場として使われるようになり、その自然で温かみを感じさせる美しいアコースティックは、デッカをはじめとするレコード会社の録音場所としても好まれるようになり、晩年のブリテン指揮による録音はほとんどがここで行われている。

とある。もしかすると、このロストロのチェロのすばらしい響きは、この会場の音響にも多くを負っているのではないか。ウィルキンソンが使っていた録音場はほかにロンドンのキングスウェイホール。
 我々は、もしかしたらそのホールの響きを聞いているのではないか。そういえば、私の好きな1960年代のドイツ・グラモフォンのベルリンフィルは、おそらくベルリンのイエスキリスト教会で収録されたものが多い。あの演奏も、もしかしたらその教会の残響音を聞いているのではないか。

こうやって、興味は、演奏家そのもの==>レコードレーベル==>録音技師==>ときて、今は、録音会場がどこか、ということも視野に入るようになってきてしまった。

イエスキリスト教会名録音
キングスウェイホール名録音
モールティングス名録音

などという範疇が発生してきそうな気がする。


(承前)

名録音技師、ケネス・ウィルキンソンが録音したレコードを探していて、モンテヴェルディ「聖母マリアの夕べの祈り」(ガーディナー指揮)に出会った。
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じつにうれしかったのは、まずガーディナー指揮ということ。2000年代(2001~2010年)は、音楽をipodでapple loslessファイル(非圧縮)にして、イヤホンで聞く、という形がメインになっていたが、そのとき好んで聞いていたのが、ガーディナー指揮の演奏。古楽器で古典派からロマン派までを演奏する、という形式に実に新鮮な喜びを感じていたからだ。特に、メンデルスゾーンの交響曲4番イタリアや、シューマンの4つの交響曲は盛んに聴いた。(もちろんバッハのカンタータも大量にきいていた)
 そのときすでに、ガーディナーが振ったモンテヴェルディ「聖母マリアの夕べの祈り(晩課)」(アルヒーフ盤、イングリッシュ・バロック・ソロイスツ他。ヴェネチアサンマルコ大聖堂でのlive 1989年)も聞いていた。


 だから、今回発見したウィルキンソン録音盤は、ガーディナーの旧録音、初レコーディングに当たるのだろう。
 レコードジャケット裏面をみると、演奏家として、フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル!そして、なんと、デイヴィッド・マンロウ・リコーダー・アンサンブルなのである。



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 イギリスにおける古楽演奏のさきがけ、デイヴィット・マンロウは、私が古楽に入っていくきっかけとなった最初の演奏家。こけおどしなところが一つもなくナチュラルなのに、生命感に満ちた躍動的な演奏をしていた。あんなに数多くのルネサンス・バロック時代のレコードを作りながら、1976年5月には自宅で33歳の若さで急逝する。このウィルキンソン盤は、1974年の録音だから、マンロウの晩年に近い録音ということになる。
 
さらに、モンテヴェルディのこの曲は、大学生時代から大好きで、自分の結婚式で、この曲の冒頭のシンフォニア(同作曲家オペラ「オルフェオ」の冒頭も同じ曲が使われている)を、入場のときに使用したほどだったので、期待した。


■ウィルキンソン盤なのに、音がよくない。。。

レコードをいつものように、ていねいにクリーニング(ケルヒャーのヴァキューム・窓拭きクリーナをメインに使用する)したあと、針を落とす。
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LINN  LP12 Urika2 + Kandid

なにか音がよくない。ちょっと歪みっぽいし、ウィルキンソン盤に特有のあの空間感がでていない。。うーん、装置の問題だろうか。何回か聞いてみたが、なんとも喜びが感じられなかった。残念。ウィルキンソン盤でもこんな録音があるのか、と思った。うーん、しかし、もしかしたら、オリジナルLP盤は音がいいのではないか。そ

■DECCAオリジナル盤をe-bayから入手する

う思った私は早速e-bayでこのオリジナル・LPレコードを発見、落札。到着を待った。昨日、フランスからレコードが無事、到着する。

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このデッカのレコードがオリジナルレコード。レーベルも日本盤はロワゾリール。

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左が英国オリジナル盤、右が日本盤


なんと、やはりDECCAのオリジナル盤は、歪みがなく、空間感も確保されていて楽器それぞれの音色がきちんとあるべきところから聞こえてくる。
しかも、このDECCA盤を聞いていると、なにやらほっとしてこのモンテヴェルディの豊かな世界にそのまま浸っていたくなる。聞き惚れて一面全部聞き終わってしまう。

ほんとうだろうか。気のせいではないのか。オリジナル盤がよくて、日本盤が歪みっぽく空間性も潰れてしまっている、なんて、本当にあるのだろうか。
何回も日本盤を掛けてみる。うーん、やっぱり、何回聞いても、オリジナル盤の音のほうが絶対にいい。わずかな差に思えるのだが、曲に浸っていけるかいけないか、はっきりと差がでてしまう。うーん、とうなってしまった。

■ジャケットは、しかし、日本盤のほうが遙かに優れている

しかし、日本盤のジャケットのすばらしさ!オリジナル盤の、なんとなくカトリック教会の内部(注)を描いておけばいいんじゃない、みたいな大雑把でモンテヴェルディへの尊敬もあまり感じられないつくりに対して、日本盤は、偉大なものを表現しようとする熱意と英知とがまざまざと感じられる。1970年代、西洋音楽の神髄を発売するのだ、という我が国の西洋に対する尊敬。裏面のオリジナル英語と日本語訳を織り交ぜた文字デザインはほんとうに見事な作りだし、表面の絵画の選択と配置も見事だ。調べてみるとこの絵は、盛期ルネッサンス・ヴェネティア派のヤコポ・バッサーノ(1510~1592)の「東方三博士の礼拝」。ヴェネチア派といい聖母マリアといい、このモンテヴェルディの曲に、テーマも時代も地域もぴったりあっている。

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この日本盤ジャケットに、オリジナルDECCA盤のレコードがついていたら、どんなに我が国で評判になったことだろう。

残念と誇りとを両方感じてしまったウィルキンソン盤だった。

(注)おそらくヴェネチアのサン・マルコ大聖堂の内部を描いたもののようにも思われる。そういう意味では、原盤もいい加減なジャケットというわけではないかもしれない。だがこの油絵的質感は、モンテベルディ的というよりは、ブルックナー的な感じがする。



ふとしたきっかけで、ハイドンの交響曲に「哲学者」と題された曲があることを知った。いいなあ。もしいい曲なら、いろんな折りに、自分のトレードマークのように(笑)使おう、と思って、さっそくe-bayを検索してみた。1種類しか上がっていなかったが、とても素敵なジャケットで、しかもいま夢中になって蒐集しているDECCA盤。さっそく落札して待つこと一週間。予想より早くフランスからレコードが今日、到着した。
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1966年録音、エルンスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団。このLPレコードはあまり売れなかったのか、発売は初版だけのようだ。だから、入手したこのレコードも、つまりは、オリジナル盤、初期盤、ということになる。ラッキーだ!

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このレーベルの写真の下方に、ZAL 7073-1W と刻印してある。
1Wとあるので恐らく、初盤初刷り、のファーストプレス、と言っていいだろう。

■再版や再発売があってこその「ファースト・プレス」。ファーストプレスしかないレコードや本は、つまり、売れなかった、ということか~~

 私がこのところ、あまりに、オリジナル盤、初期盤、ファースト・プレスがいい、いい、と騒いでいるので、月刊誌のようなペースで書籍を出版している宗教学者の友人が「私は初版とかファースト・プレスっていう言葉は嫌いだ!だって、本は初版で終わらずに、再版、再々版と版を重ねてこそ売れた、ということなのだから」と言っていた。たしかに、再版や再発売が前提の「ファースト・プレス」なのである。ファーストプレス<しか>存在しないレコードや書籍は、つまりは、売れなかった、ということになるわけだから。そう言われてみれば、私も出版したほとんどの本は「ファースト・プレス」で終わっているなあ(涙)。


この曲の1楽章adagioを聴いてみると、なぜ、哲学者、っていうニックネーム(ハイドン自身によるものではないようだが、ハイドン存命中には、この「哲学者」というタイトルはすでに付いていたと考えられている)が付いたのかが想像できる。
ホルンとコールアングレ(イングリッシュホルン)の掛け合い、がまるで対話のように(dialogue)続くのだが、それが、古代ギリシャの哲学の特徴である、弁証論(dialectic)を想起させるからだろう。プラトンのソクラテス対話編を思い出せばいい。

さて、この素敵なレコードのジャケットは、あきらかにアリストテレスの姿、だろう。ラファエロがバチカン教皇庁に描いた哲学者たちが一堂に会する「アテナイの学堂」のアリストテレスの姿にそっくりである。
それに、philosopherにtheが付く場合、つまり、THE哲学者、というのは、伝統的にアリストテレスのことを指すことになっているからだ。

 この曲は名曲だろうか?特にこの第一楽章は議論の分かれる(笑)ところだ。この曲の存在を教えてくれたのは、オケでこの曲を弾くことになった友人のヴァイオリン弾きなのだが、<恐ろしく根気のいる一楽章、でも、我慢の一楽章を終えるとあとは割と弾きがいあり>とのこと。確かに、ホルンの掛け合いに(こちらから)深い意味を投げかけてやって、ようやっと意味を持つということか。

 このニックネームをつけた当時の人間は、一楽章が弁証論だから、ではなく、とても退屈だから、「哲学者」とつけたのだろうか(笑)。

 とにかく、このレコードは聴いていてうれしくなるような名演・名録音であることは間違いない。それにこんなに素敵なレコード・ジャケットに出会ったことはない。

 とにかく、交響曲「哲学者」である。


 このところ、ずっとオーディオでLPレコード再生に関わっていた反動か(つまり、他者の表現を受容するというimpress作業)、なにか、自分で何かを表現したくなったexpressのか、実に久しぶりに、ビオラ・ダ・ガンバを弾いた。
ケースから取り出すと、切れていたのは6弦のうちの一番高いD線。幸いなことにテイルピース側の根元で切れていたので、結び目を作り直して復旧。調弦は通常のA=440Hzより半音低いバロック調弦にする。415Hzが基準だ。
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ガット弦なので、すぐに調音がずれるが、思ったよりもまずまずの音色で鳴ってくれる。といっても、相当の期間、触れていなかったので、4度間隔の調弦(バイオリンやチェロは5度)に指がついていかない。まあしょうがないが、なにやら楽しい感じになってきた。
このビオラダガンバは、1600年代前半にイタリアのブレシアでMatteo Benttiによって製作されたオリジナル楽器。日本でいえば江戸時代初期にあたるから、もう400年ぐらい経っている。
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由来は1960年代に日本にビオラダガンバの大家が導入して、その後3人程度の演奏者を渡り、結局、縁あって私の手元に落ち着いた。
 ビオラダガンバはルネッサンスあたりから隆盛を誇った弦楽器だが、新たにイタリアから17世紀ごろに登場してきたヴァイオリン族に圧倒されて、1700年代末には歴史の表舞台から消える。そして、チェンバロやリュート、フラウト・トラヴェルソなどの古楽器と同様、20世紀中庸からの古楽器復興の流れのなかで、再び歴史の表に顔を出すようになった楽器。だから、ほとんどのガンバは、チェロなどに改造されてしまって、オリジナルは残っていない。
 バーゼルのスコラ・カントールムの音楽博物館を以前訪れたとき(2007年頃)、溢れるほどの古楽器が展示されているのを見て感激したことを思い出す。アウグスト・ヴェンツィンガーがそこの主宰だったと思うが、ヴェンツィンガーが1950年初頭に演奏したBachのガンバ・ソナタは本当に名演。このarchiv盤は私のヘヴィロテ愛聴盤だ。
そんなわけで、このイタリア製のガンバが私に巡り巡ってきたときには、本当にうれしかった。奇跡のような出来事だと思った。
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 さて、ガンバ族がヴァイオリン族に駆逐されていった様子は、この本を見ると分かる。
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この本は、1600年から1800年の間にフランスで出版されたビオラダガンバに関する文献の詳細な復刻版である。なんと便利な本が出版されているのだろうか。
それをめくってみると、次のような書物に出会う。
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Hubert Le Blancが1740年にパリで出版した
defense de la basse de viole
つまり、「バイオリンの登場に抗してヴィオール(ビオラダガンバ)を守る」
とある。18世紀の中頃にはすでに、フランスを中心とするヴィオール族はイタリアを中心とするバイオリン族に敗北しかかっていた、ということが分かる。

復刻版の別のページを見ると、
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「ヴィオールのやり方をチェロに応用する」とあって、ヴィオールの弦がチェロの弦のどこにあたるかの、対応表となっている。



こんな文献を眺めながら、このヴィオール(ビオラダガンバ)が400年、どんな運命を辿ってきたのだろうか、と考えると、いまここでこうしてこの楽器が音を発していることに深い感慨を覚えるのである。

(承前)
■録音技師ウィルキンソンに注目してLPレコードを集める

英国デッカ(DECCA)のLPレコードで、1950年代から1970年前半にかけて、名録音と呼ばれる盤が数多く存在する。その多くが、録音エンジニアである、ケネス・ウィルキンソンの録音であり、今はそこに注目してLPレコードを蒐集している。
 大方の有名どころは集めたので、なにかもう少し詳細なウィルキンソン情報がないものか、とネットでいろいろ検索していたところ、ついに発見。

Kenneth Wilkinson のDiscography!

 演奏家のディスコグラフィー(レコード一覧表)としてはよく使っている<Discogs>のサイトに
Kenneth Wilkinson ディスコグラフィーとして768点が表示されている。
そんなに多くレコードを録音したのか、と驚きながらもすべてに目を通す。
1945年からDeccaでレコード、つまりSPレコードから作り始めている。最初のレコードは「牧神の午後の前奏曲」のようだ。
こうやって一覧表を見ていくと、膨大すぎて見切れない。そこで気がついたのが、そのレコードのversion数。たとえば、ブリテンの「戦争レクイエム」1963年のレコードは25versionという表示が付いている。つまり、再発など25回も姿を変えて売り出されていたことになる。すごい。なので、このversionの多いものをピックアップしていけば、代表的なものに絞れる。すでに知っているものは除外して、初めてWilkinson盤だと知ったレコードをピックアップすると、
超優秀録音で有名な「ロイヤル・オペラ・ガラ・コンサート」(1957)がまず目に付く。このLPレコードは超稀少盤で、先日、Yahoo!オークションで、20万円の初期値で出品されているのを見た。e-bayだと(現在!)441,842円でアメリカから出品されている。in beautiful NM condition. This is a stunning copy of one of the most sought after Classical Records. 
だそうだ。四十万円を出して、一枚の(いや、これは二枚組だが)LPレコードを購入するとはどういうことか、ちょっと考えることができない。
ともあれ、超稀少盤なのだが、2005年にスペインでリマスタリングされたLPレコードが発売されていた。おそらくこれのオリジナル盤は絶対入手できないだろうと考えて、こちらを購入。
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そしてこのアルバムには、わざわざそれがウィルキンソンの録音であることが銘記されている(おそらくオリジナル盤もこうなっていると思う)

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ロンドンのキンスグウェイ・ホールで1957年にKenneth Wilkinsonによって録音されたとある。
 このBlue Moonという会社が出したこの再版盤はとてもリキがこもっている。なかの頁がちゃんとすばらしい印刷で作ってある。

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曲目はポピュラーなものが多く、一般ウケを狙って出されたレコードだとは思うが、
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なんともはや、すばらしい音がする。特にA面5曲目「くるみ割り人形~葦笛の踊り」の中声部の弦の音は、もはや麻薬的な音だ。スピーカーの前で呆然としつつ陶酔してしまう。
 きっとこのオリジナル盤はものすごい音がするのだろうなあ、と考えるが、自分は大丈夫だ、そんな途方もない買い物はしないだろう、と思っている。しかし、このインターネット時代、過去のモノたちがいつでも手に入るようになっている。書物でもレコードでも。とんでもない時代になった。

 さて、これがウィルキンソンの録音であったのか、というのが、アシケナージのピアノでアンドレ・プレヴィン指揮のラフマニノフのピアノ協奏曲。
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これも一般にはとても有名な盤であるらしい。オリジナルのDECCA盤と、日本盤LONDON盤の両方を購入してみたが、なにやら、LONDON盤のほうが鳴らしやすい。というか、美しい音がする。DECCA盤はむしろ力感的でガッツのこもった音がする。DECCA盤とLONDON盤(DECCAの輸出用レーベル)の比較はなかなか難しい。日本のロンドン盤は相当に音がいい、とだけ暫定的に述べておこう。
 このラフマニノフのピアノ協奏曲三番に関しては、なんといっても、1960年代、murcuryから出た名録音技師ウィルマ・コザード盤(バイロン・ジャニスのピアノ、アンタルドラティ指揮)の絶品盤を愛聴しているので、アシケナージ盤をなかなか絶賛することができない。。この比較に関しては後日を期そう。


 さて、もう一枚、驚きのウィルキンソン録音盤を発見。なんと、ガーディナー指揮でモンテベルディの「聖母マリアの夕べの祈り(1610年)」をウィルキンソンが録音していた、というのである。
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レコードジャケットの裏面には、わざわざ
Engineers: KENNETH WILKINSON
の表示がしてあった。(下から二行目)
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(続く)




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