ロストロのチェロソナタがウィルキンソン録音だった、という発見の話を書こうとして、いろいろ回り道してしまった。ついに本題である。

といっても、言いたいことは表題通りなので、それで終了、である。何度もことあるごとに聞いてきたロストロポーヴィッチのチェロが奏でるシューベルトのアルペジオーネ・ソナタは、雄大で朗々として、しかも心の襞に染みこんでくる響きだ。
(この曲には、私には、もう一つの愛聴盤がある。それはSPレコードで、エマヌエル・フォイアマンのチェロ、ジェラルド・ムーアのピアノ、1937年に英コロンビアに吹き込まれたもの。フォイアマンのチェロは、ロストロに較べるとすっきりと淡々としているが、彼の超絶技巧が曲の核心を正面から捉えている。37年の録音だとSP時代最高の音質と言ってよく、その冴え冴えとした音は、竹針+EMGinnExpertの蓄音機で掛けたときには、まさに実物のチェリストがそこで弾いているような実在的な音がする。SPレコードについてはまた稿をあらためよう)
このロストロポーヴィッチのチェロの録音が、ケネス・ウィルキンソンだとはまったく知らなかった。(というか、録音技師に注目してレコードを聴く、という習慣は最近始まったことなので、以前には知るよしもないのだが)
2年前からのLP再収集で、入手していたのは、DECCA輸入盤、二枚入りボックスだった。とてもいい音がしてはいたが、チェロの響きが、若干過剰な感じだなあ、と思いながら聞いていた。かつてのこのレコードは、ここまでリバーブ感が強かったかしら。確かにロストロのチェロは朗々と雄大で朗々と響くのではあるが。
そこで、気になって別の盤面をYahoo!オークションで入手してみた。国内盤で見開きジャケットのものと通常のもの。キングのLONDON盤の音はかなり信頼しているので、国内盤だが入手してみたのである。一挙に三枚になった。

プレーヤーは、いつものように、LINN LP12(+urika2) というRIAA補正イコライザーを内蔵させたもの。カートリッジは、LINNのフラグシップKANDID。


このプレーヤーは、初期盤や再発盤、オリジナル盤や日本盤など、レコードの違いを見事に描き出してくれる。このプレーヤーシステムを導入していなければ、こんなに初期盤やオリジナル盤に入れ込むことはなかっただろう。
(ちなみにもう一つのLPプレーヤーシステム、EMT930st+TSD15 のほうは、それほどレコード盤の差異が気にならずに鳴らしてくれる。)
レコードに話題を戻そう。
(1)さてまず通常ジャケット日本盤(帯付き)
とても品がいい音で鳴らしてくれる。激しさや力感というよりは、ちょっと遠目から聞く若干線の細い音。しかし、これ一枚でも十分満足できるきれいな音だ。
(2)DECCA盤
力感や輝きは増すし、リアリティがある。だが、やはりリバーブ感がちょっと過剰な感じなのはどうしても残る
(3)見開きジャケット日本盤
すばらしい!力感や輝きはさらに増し太くて朗々としている。そして不自然なエコー感はない。実に見事な音がする
(1)と(3)はファーストインプレッションに近いが、(2)はずっと聞いてきているが印象は同一である。外盤が必ずしもいい、とは限らないのである。レコードの発売月日を見てみる。なーるほど!である。

(2)ドイツ TELDEC 盤 1983年
(3)日本盤 1970年
レコードジャケットの裏面に表記された年号を参考にするかぎり、(3)の日本盤は、ほぼ初期盤に近い。
このアルペジオーネ・ソナタの録音は1968年だからである。
リバーブ感が不自然な(2)は、オリジナルの英国盤ではなくて、ドイツ盤。しかも、相当後の時代、TELDEC時代のものだ、ということに気がついた。
(1)の日本盤も相当の後盤だが、キングLONDONのせいか、いやな音はしない、十分聞き込める盤だった。
■後発TELDEC盤は音色が均一化されて音像も巨大すぎる。初期LONDON盤はいまここで音楽の生成に立ち会っているようなライブ感がすごい!
~~~ここまで違うと恐ろしくなる~~~
この(3)日本KLONDON盤初期盤を聞き込んでいくと、まず、チェロとピアノの大きさが等身大で、人が弓を使って弦を弾いているそのニュアンスまで伝わってくる。ああ、上げ弓で根元でスタッカートしているな、とか、ちょっとかすれたな、とか、まるでライブでその場に立ち会っているように鳴る。ピアニストとチェリストが息を合わせながら音を作っていっているという<いまここで生成している>感がすごい。
これにくらべると(2)ドイツTELDEC盤後発盤は、チェロの音色がなにか均一化されていて(つまりこまかいニュアンスがそげ落ちていて)音像も巨大なおばけのようになっている。響きも人工的に付加した感じで、雄渾といえば雄渾だが、大雑把な感じで鳴る。
ロストロポーヴィッチというチェリストの性格まで違って聞こえる。後発盤では、よくいえば豪壮で雄渾。あまりニュアンスのない外面的な音のチェリストに聞こえる。初期盤では、ニュアンスが細やかで繊細な心に染み入るような演奏をする人だと感じられる。
同一録音でも、LPレコードプレスによって、ここまで違うのか。少しく慄然としてしまう。
(3)の日本盤のレーベルはこれで

上部の刻印を確認してみると、

なので、かなりの初期盤かもしれない。DECCA(英国)の輸出用レーベルがLONDONであり、原盤をそのまま海外でも使用していた、とも言われている。これは相当DECCAオリジナル盤に近い可能性もある。
(このアルペジオーネのオリジナル盤はe-bayでも相当の高値がついている。いま確認すると、SXL 6426 ED3 WBで、UK ED3 Wide Band Pressing (1st edition for this recording) in Near Mint condition and Jacket in Excellent condition.
とされている出品は、イギリスからで、GBP 1.200。つまり、日本円で、171,816円で<BUY IT NOW>(即落)とされている。17万円。いったいどんな人が購入するのだろう。。)
■録音会場の音響もレコードにとっては本質的ではないのか
さて、このように録音技師ケネス・ウィルキンソンに注目してLPレコードを見てきた。そこで、次第に気になってきたのが、その<録音会場>である。
このロストロ=アルペジオーネ盤の録音場所は、イギリス・スネイブとある。このスネイブとは、会場がモールティングスのことを指すのだが
ESOTERICのHPにある記述を拝借すると
録音場所のモールティングスは、イギリス東部のサフォーク州スネイプにあるコンサート・ホールで、もともと19世紀にビールの醸造所として建てられた建造物の一つ。1960年に醸造所が廃止され、1967年からはブリテンとピーター・ピアーズが主催していたオールバラ音楽祭のメイン演奏会場として使われるようになり、その自然で温かみを感じさせる美しいアコースティックは、デッカをはじめとするレコード会社の録音場所としても好まれるようになり、晩年のブリテン指揮による録音はほとんどがここで行われている。
とある。もしかすると、このロストロのチェロのすばらしい響きは、この会場の音響にも多くを負っているのではないか。ウィルキンソンが使っていた録音場はほかにロンドンのキングスウェイホール。
我々は、もしかしたらそのホールの響きを聞いているのではないか。そういえば、私の好きな1960年代のドイツ・グラモフォンのベルリンフィルは、おそらくベルリンのイエスキリスト教会で収録されたものが多い。あの演奏も、もしかしたらその教会の残響音を聞いているのではないか。
こうやって、興味は、演奏家そのもの==>レコードレーベル==>録音技師==>ときて、今は、録音会場がどこか、ということも視野に入るようになってきてしまった。
イエスキリスト教会名録音
キングスウェイホール名録音
モールティングス名録音
などという範疇が発生してきそうな気がする。