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 ジャズが歴史上初めてレコードに録音されたのは1917年。オリジナル・デキシーランド・ジャズ・バンド(Original Dexieland "Jass" Band)が米国ビクターに吹き込んだ「Dixie Jass Band One Step」(A side)と「Livery Stable Blues」(B side)の2曲(米Victor レコード番号18255)がそれだ。
 一昨年2017年はちょうどその100年後にあたったため、ジャズ100周年の年として、いろいろな企画が行われた年となった。

 私もその年の大晦日、NHKラジオ第一「教授の大みそか~蓄音機&SPレコード特集」(第11回)の番組の中で、ジャズレコード100年、というコーナーを作って、オリジナル・デキシーランド・ジャズ・バンド(ODJB)演奏の1917年発売のSPレコードを放送で掛けた。(「ダークタウン・ストラッターズ・ボール」 演奏)オリジナル・デキシーランド・ジャズ・バンド <1917年>※1917年世界初のジャズレコード吹き込みの一枚)


 実は、このコーナーのために、私は1917年のレコードの一番はじめに発売された正真正銘の「史上初のジャズレコード」たる、Victor18255をどうしても手に入れたかった。神保町のFレコード社で相談すると「ODJBのオリジナルのSPレコードなんてほとんど入手困難ですし、いわんや、18255なんて、ジャズの博物館ぐらいにしか存在していないでしょう」という返事だった。

■e-bayで落札してもe-bay発送の段階で勝手にキャンセルされる

 e-bayでも何度も探したが見つからなかった。。と諦めていたときに、なんと18255がアメリカのコレクターから出品された!2017年10月ぐらいのころである。さっそくゲットしてやったあ!放送に使える!と思ったのだったが、そのときは入手することができなかった。
 アメリカの相手から発送済みの連絡が来たにもかかわらず、突然、e-bayの発送センターが勝手にこの取引をcancelし、代金をrefund(返金)してきたのである。このころはよくこんなことが起こった。どうもアメリカから古い貴重品(SPレコードだが)を落札購入したときに、何度か突然のrefundが発生した。米国のe-bayがなにか制限をかけているのかもしれない。しかし、とにかく、このようなアメリカの歴史を形作る骨董レコードなどは、もう入手できないのかあ、とずっと諦めていた。
 先日(2018年12月)、何気なくe-bayを見ていると、なんとこの18255が出品されているではないか。しかも、発送Shipping は、e-bayを媒介する発送ではなく、USPS Priority Mail Express Internationalという出品者が直接日本に送る方式が選択されている。この配送料はかなり高価だったが、直接、私のところに送ってくれるのであれば、キャンセルされずに、あの米vicotr18255 レコードがついに手に入るのではないか。不安な数日が過ぎたが、なんと、ついに無事に「ジャズの史上初のレコード」を手に入れることができたのである。


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三年越しのようやく入手であるが、やはりすんなりとはこない。わざわざ税関にて関税付き!となって到着したのである。
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■Livery Stable Blues とは「馬車屋」のブルース!だった

さてこのレコードの曲名。stableとかって「安定した」とかかなあ。あまり気に留めていなかったのだが、ふとした拍子に、辞書を引いてみてびっくりした。

stable
【1形】
安定した、不変の◆【反】unstable
【2自他動】
馬小屋に入る、馬小屋に入れる
【2名】
家畜小屋、きゅう舎、馬小屋、馬屋

stableとは「馬車屋」という意味だったのである。

さらに、lively なら愉快な、だが
livery なのである!

 livery stable
有料で馬[馬車]を貸す厩舎、馬の世話を請け負う厩舎

つまり、この表題は

「馬車屋のブルース」
あるいは、livelyと読んでしまえば、
「愉快な馬車屋のブルース」

であるということになる。





■宮澤賢治「セロ弾きのゴーシュ」に登場する音楽「愉快な馬車屋」

12/22のブログでも書いたが、作家宮沢賢治(1896~1933)は、我が国で最も初期のSPレコードの愛盤家であり、そして彼の文学作品にはSPレコード体験から霊感を受けて書かれたと想われる箇所がたくさん存在する。
 従来、「セロ弾きのゴーシュ」に登場する音楽は、すべて架空のものだ、と言われてきたが、佐藤泰平『宮澤賢治の音楽』(筑摩書房、1995年)などの研究で、少しずつ、対応するレコードが存在しているのではないか、と考えられるようになった。
繰り返しになるが、セロ弾きのゴーシュ」に登場する音楽は

①金星音楽団が演奏する 「第六交響曲」
②猫「 トロイメライ」「印度の虎狩り」
③かっこう 「ミ・ド」
④狸の子  「愉快な馬車屋」
⑤野ねずみ  「なんとかラプソディー」

であり。前回は⑤の「なんとかラプソディー」の対応レコードとしてストウピンのチェロのレコードを挙げた。今回は
④狸の子  「愉快な馬車屋」
の番である。

 私はかつて、これは「印度へ虎狩りに」( 作曲)エヴァンズ 演奏)ニューメイフェア・ダンス楽団 <1930年>)と同時期に日本で発売されていたレコード、「愉快な牛乳屋」( 演奏)ジャック・ヒルトン楽団 <1930年>)を指しているのではないかと推測し、2016年大晦日の「教授の大みそか」でも、このレコードをかけて紹介した。

しかし、この箇所では賢治はゴーシュに次のように語らせていたのである。

~~~~~~~~~以下 「セロ弾きのゴーシュ」より~~~~~~~
狸の子は俄にわかに勢いきおいがついたように一足前へ出ました。
「ぼくは小太鼓こだいこの係りでねえ。セロへ合わせてもらって来いと云われたんだ。」
「どこにも小太鼓がないじゃないか。」
「そら、これ」狸の子はせなかから棒きれを二本出しました。
「それでどうするんだ。」
「ではね、『愉快な馬車屋』を弾いてください。」
「なんだ愉快な馬車屋ってジャズか。」
「ああこの譜ふだよ。」狸の子はせなかからまた一枚の譜をとり出しました。ゴーシュは手にとってわらい出しました。
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この「愉快な馬車屋」はジャズか?
と言っているのである。

賢治は1920年代に、「ジャズ」という用語をどこから知ったのだろうか?
そして、歴史上一番初めの大ヒットしたジャズレコードが「愉快な馬車屋」のブルース、なのであるとしたら、レコードの情報通だった賢治は、この「愉快な馬車屋」というジャズレコードの存在を知っていたのかもしれない。

 この18255レコードは、賢治「セロ弾きのゴーシュ」「愉快な馬車屋」の対応レコードとして、充分に考えることのできる一枚なのだ、と思われる。







蓄音機はHMV#202(英国グラモフォン社、1928年製)で18255をかける
(冒頭の写真は、ODJBの全録音をLPレコード2枚に復刻したアルバムの表紙。70周年記念にドイツから発売されたもの)
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