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(古代メキシコの「土偶」今回、入手したもの 部分)

 川端康成は、古美術や骨董の収集については余人の追随を許さないものがあるが、その中でも、彼旧蔵の縄文時代の「土偶」は素晴らしい。同種のものをいつかは手に入れてみたいと長い間思っている。
 なかなか出会わないので、一度は(数年前だが)国宝となっている「縄文のヴィーナス」(長野県茅野市出土)のレプリカを手に入れたこともある。この「縄文のビーナス」のオリジナル実物の存在感は圧倒的で、ちょっと過ごすぎて、自宅には飾れないな(どうぜ、国宝だし、所有することなど不可能だから、心配しなくても大丈夫なのだが)と思ったほど、素晴らしいものだった。
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(茅野市尖石縄文考古館にて購入。国宝「縄文のビーナス」のレプリカ)


川端康成が旧蔵していた縄文時代の土偶は、縄文時代後期の女子頭部のものだが、この土偶について川端は次のような文章を残している。

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 (『大和し美し〜川端康成と安田靫彦』(2008、求龍堂)より)

 「四千年ほど前の作である。それが今も私の原稿紙の前にあって、私に語りかけて来る。・・・窓に梢を見る、北山の台杉も樹齢数百年である。それらの数百年、数千年の生命も、今私のそばにあって今である。」(川端康成)

数千年前の土偶が<いまここ>にあって、私の今と出会っており、共に存在している、というわけだが、 私も、川端のように、古代の「土偶」と<いまここ>で出会う存在の不思議を感じてみたいと思っていたわけである。

先日、西荻窪で古くからの伊万里専門店の店の前を通る。25年前ぐらいには、伊万里(1640~1700年ぐらいの古九谷様式や柿右衛門皿など)を夢中で集めていたことがあって、よく通った店だ。店主に呼び止められて店に入る。実に実に久しぶりだ。上手の伊万里がやはりたくさん並んでいるが、そこにふっと違和感のある土の塊が置いてある。
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「あれー、この土偶どうしたの?縄文?」

「古代メキシコの土偶。骨董のプロたちの会に行ったときに、この種のものを必ず持っていく人がいるんだけど、その日はその人欠席してて、それで私が手に入れられたの。滅多に手に入らない。」

私がながい間、探しているのは、縄文の土偶だが、ここにあるのは<古代メキシコ>の土偶。しかし、ものすごい存在感だ。三角の顔。頭部がほとんどなくて、切れ長の目が二本引いてある。この土の質感がたまらなくいい。。。
我が国の縄文時代ではないけど、異国メキシコの古代だが、私が求めているのは、いったい何なのだ?日本のルーツなのか、それとも、遙か昔の地球上の人間の存在の証、なのか。

もう一目惚れ、即決で購入した。私の長い間の土偶希求への欲求が、ここで一度に炸裂した感じだった。

とにかくたおれないように、木製の皿立てに、ゲルテープなどでしっかり固定しながら、我が家の棚を飾るようになった。
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さてさて、レプリカだけど「縄文のビーナス」と、古代オリジナルだが「メキシコ」の土偶と、どちらが私の存在に入ってくるのか、しばらく、棚で眺め続けようと思う。
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(レプリカの「縄文のビーナス」(左)とオリジナル「古代メキシコの土偶」(右))