
作家宮沢賢治(1896~1933)は、我が国で最も初期のSPレコードの愛盤家である。そして彼の文学作品にはSPレコード体験から霊感を受けて書かれたと想われる箇所がたくさん存在する。「ゴーシュ」で猫が「トロメライ、ロマチックシューマン作曲」と言ったり、「第六交響曲の練習をしていました」とか、枚挙にいとまがない。
岩手県花巻という土地で、大正時代に、ある人物が頻繁にレコードを買っていくため、地方の店の割に新譜レコードが多く売れるとして、行きつけの楽器店がポリドール・レコード社から感謝状を贈られたりしている。それが賢治だった。
賢治がどんなSPレコードを所有していたか、あるいは聴いていたのか、ということはさまざまな研究があってだんだん分かってきている。というのも、彼が所有していた膨大なSPレコードは、花巻の空襲(第二次世界大戦S20.08)で生家が焼け、ほとんど消失。弟の清六氏がやっと持ち出した12枚のSPレコード(遺品レコード)が現存しているのみ。その他、賢治献呈レコード、「レコード交換用紙」記載レコードなど、客観的資料も多少残っている(注)。
(注)宮沢賢治のSPレコードに関しては、その先駆的研究書として佐藤泰平『宮澤賢治の音楽』(筑摩書房、1995年)や萩谷由喜子『宮澤賢治の聴いたクラシック』(小学館、2013年)が参考になる。
(。。。ちょっと書き方が論文調になってきているなあ。。。)
■「セロ弾きのゴーシュ」に登場する音楽
さて、「セロ弾きのゴーシュ」である。
ここで登場する音楽は
①金星音楽団が演奏する 「第六交響曲」
②猫「 トロイメライ」「印度の虎狩り」
③かっこう 「ミ・ド」
④狸の子 「愉快な馬車屋」
⑤野ねずみ 「なんとかラプソディー」
これらが具体的にはどんな曲、あるいはどんなSPレコードと対応しているのだろうか、ということについては、いろいろな機会で発表してきた。(2015年から富士レコード社での「SPレコードコンサート」や2013年からNHKラジオ第一「教授の休日(大みそか)~蓄音機&SPレコード特集」で「賢治の聴いたSPレコード」という形で。)
で、⑤「なんとかラプソディー」については、おそらく、チェリスト・ストウピンが弾いたポッパーの「ハンガリー(匈牙利)ラプソディ(狂想曲)」(ニットー特黒)がヒントになっているだろう、とは定説になっているところ(佐藤泰平氏も「賢治が「なんとかラプソディ」とぼかして使ったのは、この「匈牙利狂想曲」をヒントにしたと推測する。」(211頁)と述べている)。
賢治がこのレコードを所有していただろうと思われるのは、「レコード交換用紙」(賢治が他の人とレコードを交換しあおうと提案して作成した表)に載っているからである。(最後の行)(賢治全集「校本十二巻・下」)

さて、ところがこのレコード。どんなに探し回っても見つけることができなかった。もう数年探していたが、一生入手することはないだろうと諦めていた。
■ぜったい入手不可能だろうと諦めていたレコード
しかし、チャンスというものはやってくるものである。
銀座の蓄音機専門店Shが長い間、年に二度、蓄音機やSPレコードの紙上オークションをしている。これまでは一度として参加したことはないのだが、郵送されてきたこの冬号のパンフレットを見ていると、なんと、レーベル写真入りの数枚のなかから、「匈牙利狂想曲」というSPレコードのレーベルの文字が眼に飛び込んでくる。
ストウピン! ?えっ!
あれか! まさか!
ついに出会った、のか。
ここで遭ったが百年目!
そんな思いで早速に記入して、郵送で返した。
最低落札価格は3000円から、となっていた。
うーん、あの歴代の稀少盤が3000円から、とは安価だ!
だが、多くの競争者がいるだろう。ここで逃しては、と大台の値段をプラスして書き込んだ。
お店から確認と訂正の電話がかかってきた。
「記述に訂正があります。旧吹き込みと書きましたが、電気吹き込みのようです。よろしいでしょうか?」
「なにやら妙に問い合わせが多いレコードなのですが、これはなにか特別なものですか?スツーピンって調べたのですが、ほとんど資料がありません。」
(私)「あれ!これは宮沢賢治の所有レコードですよう」
無事に私が落札できて、今日、銀座のお店に取りに行った。
「よくこのレコード、写真入りで出品したねえ」
「はい、なにやら、特別なレコードのような直感がありましたので、出してみました」
お店の直感よ!ありがとう、という感じである。

再生に使用した蓄音機は
EMGinn社製(英国、1930年代)Expert Senior (口径72cm)
針は竹針。日光東照宮から出た古竹を削って製作した竹針。

ポッパー作曲ハンガリアン・ラプソディー 演奏 セロ独奏セルゲイ・ストウピン
(a.1925年)SPレコード 片面約3分
(レコード表面)
(レコード裏面)