KUROのブログ

黒崎政男〜趣味の備忘録

タグ:レコード


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日本盤、ドイツ盤、英国盤、米初期盤、米初期盤(mono)、などなどいろいろ揃った。



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初期盤

 ふだん、よく聞くエリントンのLPに、「ザ・ポピュラー デューク・エリントン」(RCA PG-29、1976)というがある。初期盤とかオリジナル盤とかいった興味が発生する前に1000円程度で買った、普通の日本盤。これが実にいい音でなるので、よく掛けていた。
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先日(2021年12月)、知り合いたちがきて、SPレコードやらを選択していたのだが、ちょっと、私の新しいオーディオ装置を聞いてみたい、と誰かが言い出して、ついに、LINN Klimax DSM/3のお出ましとなった。

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そのとき、ちょいと掛けたのが、このThe Popular Duke Ellingtonだったのだ。一同、感心して、LPレコードはすごいね、ということになった。私が自慢げに「これ、ぜんぜん初期盤でもないし、ただの国内盤、しかも、後盤なんだけど。でも、すごい音でしょう」というと、ある一人が「じゃあ、初期盤だったら、とんでもなくすごいじゃない?」ときた。
うーん、たしかに。。私はこのアルバムは、国内盤後盤で全然満足していたのだが、この言葉をきっかけに、急に初期盤を試してみたくなったのだった。

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このLPはeBayなどで初期盤を探すと、けっこう安価で入手できる。それほど初期のLPでもなく、また、大量に売れたLPなので、こういうことになるのだろう。
そして、結果は。。

実在感が違う。空間の広がりが大きい。ひとつひとつの音に重み、というか、存在感がある。では、というので国内盤に戻ってみると、。。あれれ、空間が小さい、音ひとつひとつが軽く薄い。。

例えば、 A4曲目のMood Indigo 、冒頭近く、バスクラリネットとミュートトロンボーンのユニゾンのようなものすごい音のムード!。(日本語盤解説(油井正一氏のいいものだ)がついている。国内盤がいいのは、このレベルの高い解説がついていることだ。これによれば、)後半のソロ・ クラリネットは、ラッセル・プロコープだが、ほんとにご機嫌な演奏だ。








ところで、これらの盤をいじっているうちに、ちょっとしたことに気がついた。それぞれのレコードジャケットで、エリントンの頭の位置が違う!のである。

(左から、Original US MONO盤、Original US Stereo盤、日本盤)

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左のMono盤は、頭がやたら上にあって、したがって、足が靴までちゃんと見える。真ん中の Stereo盤だと足が切れている。国内盤は、ちょうどその中間、といった感じだ。なんでこんなことになるのだろうか。面白すぎる。おそらくMono盤が一番真っ当なのだろうと思う。

ところでさらに、オリジナル盤は、赤い大きなELLINGTON の 文字が背景との間で白抜きになっているが、日本盤は文字がベタに写真の上に乗せてある。明らかに手抜き、の感じ。顔色もちょっと灰色ががっていて悪い感じ。
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オリジナル盤。赤文字がちゃんと白抜きされている。


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日本盤。 ELLIN の文字がただべたっと写真の上にのっけてある。




しかし、50年以上も経って、ユーザーにこんな違いの指摘をされるとは製作者は夢にも思わなかっただろう。


しかし、それにしても、後発盤がいい場合には、初期盤はもっといい、ということだ。(ただし、初期盤は経年変化を経ていて、盤面が荒れていたりすることも多い。後盤で状態がいいのと、初期盤で悪い状態なのだととても難しいことになる。)

 

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音色が派手でそれぞれのパートがソロ的に浮き出すように作ってあるがバラバラに定位する。厚化粧的でff(フォルテシモ)はうるさい西ドイツEMI盤。
渋いが自然な音色でffでも誇張がなく弦と金管の音色が実に美しく有機的に各パートが響き合う。化学調味料無添加のようなナチュラルな東ドイツETERNA盤。

これがほぼ一週間、ヨッフム指揮ドレスデンSKのブルックナーを聴き続けて得た私の感想である。

 同じ音源(同一録音)なのに、レコード盤に仕上がった段階でこれほどに音楽の差がでてしまうとは。この差は一体何の差なのだろうか。1970年代の西ドイツと東ドイツとの思想の差か、経済力の差か、はたまた資本主義と社会主義の差か。

                  ★

■東ドイツのレーベルETERNA盤を知る

 サイモン・ラトル指揮のダイレクト・カッティング盤LPレコード(2014年ベルリンフィル・ライブ)の音質はいかばかりか、という問いから始まったLPレコード音質探索。
 ブラームスの交響曲第一番のLPレコードばかりを集めて楽しんでいたが、そのなかでルドルフ・ケンペの演奏が妙に気に入って、ケンペという指揮者に注目していろいろ聞いていた。その中に、ブルックナー交響曲8番もあって聞いていたのだが、次のような問いが頭をもたげてきた。

「私は、3年前からのLPアナログ盤復活した。LINNのLP12というプレーヤーを入手して、はじめてブルックナーの交響曲の素晴らしさがわかり、60を過ぎてから遅咲きのブルックナー・フリークになってしまった。だが、ブルックナー8番は、私にとってのベスト盤はいったいどれだったか。クナーパーツブッシュ(ミュンヘンフィル)盤、チェリビダッケ(ミュンヘンフィル1990)盤、ヨッフム(ベルリンフィル1964)盤、ヴァント(北ドイツ)盤?」

そんなこともあって、お茶の水中古店にたまたまあった、8番ヨッフム指揮ドレスデンシュターツカペレ1976年の英国EMI盤を買って聞いてみた。結構いける!そうとういい!
というのも、かつて、これの東芝EMI盤を購入してきいたが、あまりの音の悪さ(音がこもりっぱなし、楽器の定位が無意味にバラバラ)にあきれてしまい、ヨッフム指揮のブルックナーは1960年代ベルリンフィルのドイツ・グラモフォン盤に極まれり、とずっと思ってきたからだ。

 そうこうしているうちに、ヤフオクに「同一録音だが、東ドイツETERNA盤は西欧EMI盤とは音作りが根本的に異なる」という意味深なコメント付きでヨッフム指揮ドレスデンのブルックナー第四番が出品されていた。興味を覚えて、落札入手してみた。

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なんとすばらしい演奏、なんとすばらしい響き!
このレコードを一聴して自然で重厚な響きに魅入られてしまった。E-bayなども視野に入れれば比較的簡単に入手可能。中古レコード店では、ETERNA盤はそれほど高値がつけられているわけでもなく、結構簡単に集まることができた。

■同一音源なのに、西欧EMI盤と東ドイツETERNA盤の二種がある不思議


いったいどうして二枚のオリジナル盤があるのか。
それはエテルナ盤のジャケット裏面を見ると分かる。
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シュタツカペレ・ドレスデン演奏
指揮 オイゲン ヨッフム
・・・
・・・
録音技師 クラウス シュトリューベン(東ドイツの実に名録音技師らしい)

1976年にEMI社(英国ロンドン)との共同作業(Zusammenarbeit)で
ドレスデンにある聖ルカ教会のスタジオにて収録
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

とある。つまり、東ドイツのドイツ・シャルプラッテン社(そのクラシック部門のレーベルがETERNA)と英国のEMI社が1976年に共同作業をして、録音技師シュトリューベンが録音した、ということだと思う。

 ほぼドイツ敗戦からベルリンの壁崩壊まで続いたドイツ分裂での、東ドイツの音楽事情と、ドレスデン・シュターツカペレについては、今回非常に興味を持ってしまったので、次の二つの資料を入手して調べた。DVD「冷戦とクラシック音楽〜東ドイツの音楽家たち」と、この楽団の書籍「楽団史」であり、かなり悲惨な事情が理解できた。
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これらの資料によれば、「ドイッチェ・シャルプラッテン」社は、東ドイツにおける音楽録音の独占権を国家から与えられていた国営企業体(VEB)で、そのクラシック専門部門が「エテルナETERNA」ということだ。東ドイツには、つまりレコード会社はたった一社しかなかったということになる。
「シュターツカペレが根本的なところで芸術面の質を損なうことなく、社会主義国家の命じた孤立の歳月を乗り切れたのも、レコードによる側面が決定的に大きかった」(142頁)ということだ。東ドイツのオケが1970年代にすばらしい水準にあった点の議論はまたの機会とする。(だんだん論文調になってきてしまった。。)

さて。

■ETERNA盤はEMI盤と比べて質が高いように思われる

この差は、この文章の冒頭に挙げておいた通りである。
(レコード再生の音を、さらに録音して動画で再生して聞く、という根本的アポリアはこの際置いておく。うまく伝わるだろうか)


◎ヨッフム指揮ドレスデンSKブルックナー第四番を
東独ETERNA盤で聞く





◎同一録音を西独EMI盤で聞く。




うーん、しかし、客観的な形で「エテルナ盤のほうがEMI盤より音がいい」などと言っていいのだろうか。これは私の再生装置(アンプの音質やスピーカーの特性など)の問題と深く絡むのではないだろうか。Aという装置で掛ければETERNA盤がよいが、Bという装置で掛ければEMI盤がよいかもしれない。。おそらくラジカセのような装置で聞いたならば、ETERNA盤はめりはりがなく地味で面白くない、EMI盤のほうがすばらしい、ということにもなりそうだ。

 ということは、すべては相対的であり、絶対的な「いい盤」など、虚妄にすぎないのではないか、ということになるのか。私の装置ではエテルナ盤がいい、というだけにすぎないのか。
 こうやって、相対主義のたこつぼにハマって二三日をすごした。
・・・でもいいではないか。私の装置では、エテルナ盤は深い悦びを与えてくれるのだから。それでいいではないか。


■エテルナ盤こそ人類の宝、がレコード収集家の共通の認識!?


そうこうして、ネット検索をしていると、ある音楽評論家のブログでこのヨッフムのブルックナーについての記述を見つけた。とても興味深い記述だったので、そのまま引用してみる。

「今朝、ベルリンより届いた第4番「ロマンティック」をもって旧東独エテルナのアナログ盤によるヨッフム&シュターツカペレ・ドレスデンのブルックナー交響曲全集がようやくコンプリートとなった。この全集を揃えようと思い立ってから10年を超すのだから、長い道のりであった。蒐集業というのはつくづく根気が必要だ。この全集はEMI盤でも手には入るのだが、伝統あるドレスデン・シュターツカペレの古雅のサウンドは、旧東独エテルナ盤によってしか伝わらない、というのが、レコード蒐集家の共通した認識であり、ケンペ指揮のリヒャルト・シュトラウス管弦楽曲全集とともに、人類の宝とも言える存在なのだ。 」(2015年1月の記事、福島章恭氏のブログより) 

そうなのか。。 
旧東独エテルナ盤によってしか、伝統あるドレスデン・シュターツカペレの古雅のサウンドは伝わらない、のか。氏の記述を参考にさせてもらうなら、LPレコード歴3年にして(昔の経歴はノーカウントとして)、レコード収集家の共通の認識に達したことをうれしく思った。


              ★

ETERNA盤とEMI盤はともにこの演奏のオリジナル盤、ということが出来る。オリジナル盤が二つある、というのもなかなか珍しいことだとは思うが、これら(特にEMIのほう)を各国でそれぞれプレスして発売する。さらに、リマスタリングされて再版、後盤がいろいろ出される。さらには、CD用にリマスタリングされてどんどん音が変化(劣化?)しながら 「ヨッフム指揮ドレスデン管弦楽団のブルックナー」
がさまざまな多様に音作りされて拡散していく。
うーん。いったい、どういうことになるのだろう。
 少なくとも、私が3年前、日本盤LP(東芝EMI)で聞いて、なんてひどい音だひどい演奏だ、とすぐこの「ブルックナー全集」を廃棄処分してしまったのだが、今回このエテルナ盤に出会わなければ、一生、ドレスデン=ヨッフムのブルックナーは最悪、と思い続けていたことになる。

 音楽の「物自体」は存在するのか、それとも、すべては「現象」でしかないのか。




最後にブルックナー8番をEMI盤とETERNA盤と聞き比べて終わることにしよう。

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東ドイツETERNA盤、英国EMI盤、ドイツEMI盤の三種類



西ドイツEMI盤
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 EMIは不自然な低音のブーミーな強調。楽器が分離しているのはいいのだが、それがバラバラに空中に浮いている感じで、自然な音色の統一が欠けている。派手な高域とブーミーな低域。弦の音色もうっとりするというよりはやかましい。



東ドイツETERNA盤
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Eterna盤は音に厚みがあって重厚だが実に自然。妙な分離よりも統一的な音の鳴り。

やや乱暴だが、いい音の順では次のようになる。

ETERNA盤 >英国EMI盤 >独EMI盤 >東芝EMI盤 

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究極のアナログ録音・ダイレクトカッティングLPと銘打ったサイモン・ラトル指揮のベルリンフィル、ブラームス交響曲全集。

どんなにすばらしい音がするのだろうと、興味津々で私のオーディオ装置で聞いていたのだが、そのうちに、他のブラームス交響曲の歴代の名盤と比べて、飛び抜けてすばらしいのだろうか、という問いが。

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 そんな興味から、今回、ブラームスの交響曲1番のLPを入手していろいろ聴き始めた。このジャンルは1960年後半からは聞き始めているので、何度か中断はあったにせよ、半世紀は聞いていることになる。だから、私の知らない<世紀の名盤>が次々調べ出てくるのには驚いた。

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たとえば、

■ルドルフ・ケンペ指揮ミュンヘン・フィルのブラームス一番(1975年5月録音、ミュンヘン)

については、ネット上に溢れている評価をちょっと拾ってみると「滋味溢れる内容の豊かさ」、「ケンぺ&ミュンヘン・フィルが見事に描き出した至高のブラームス像」、「自然な高揚感が素晴らしく古くから名演と言われるものは名演」、「バスフLPレコードで、1975年5月録音、ルドルフ・ケンペが指揮したブラームス交響曲第一番ハ短調は、極上の音楽が記録されている」など、この盤に対する愛情溢れる評価が目白押しである。
 そうか、まったく知らなかった。ブラ1はケンペ盤か。そう思ってお茶の水の中古レコード店で見てみると、国内盤、独ACANTA盤、独BASF盤など、ケンペ=ブラ1LPはたくさん存在していたのだ。

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★精神が浄化されていくようなすがすがしさ。ケンペが元オーボエ奏者だったということが感じられるように、全体が木管的な透明な響き


■ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団(1959年録音)

ワルターのブラームスは第四番が私の高校生時代からの愛聴盤だったから、ブラ4といえば、ワルターと思っていた。1楽章のあの哀愁と寂寞感に満ち満ちた冒頭の走り出しからして、深く心を打たれる。だが、ワルターの一番のほうはちゃんと聞いてこなかったように思う。
 ワルターの音楽は、コロンビア交響楽団の高域のキツい痩せた音が特徴的(sony盤)で、今回は、だから、オリジナルのCBS盤(米国盤)を入手してみた。

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★愛情に満ちた、慈愛溢れる演奏。ゆるされた安らぎ。こちらの愛情があふれ出てくる。たおやめぶり!


■シャルル・ミュンシュ指揮パリ管弦楽団(1968年)

 昔からとても有名なレコード(ブラームス1番ならこれが決定盤、と言われ続けてきた)で、私のCDラックを見ると、別な時期に二度入手してあった。そしてこれまではあまりピンと来ていなかったのかもしれない。昨日、神保町9階の中古レコード店にふらっと寄ってみると、このLPレコードがあった。日本盤だけど初盤だよ、という店長のアドバイスに従って購入してきた。

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なんという!とんでもない演奏。凄絶なダイナミック、という文句がまさにぴったりの、とんでもないエネルギーに満ちた演奏!こんなにすごかったのか。ますらおぶり!
アルプスの峰々の雄大さもクララへの深い愛もあふれ出てくるようだ。
これがフランスのオケの音だろうか。当時、フランス文化省のアンドレ・マルローが、パリ音楽院管弦楽団(コンセルヴァトワール)を潰し、1967年に新たに立ち上げられたオケで、ミュンシュが初代音楽監督に呼ばれたその当初の演奏。ミュンシュはすぐに急逝してしまうので、これとベルリオーズの「幻想交響曲」がとんでもない名演として残っていた。その事情はこれまでもよく知っていたが、ここまでのすばらしい演奏だとは知らなかった。これまではCDやネットで気楽に聞いていたからだろうか。今回、日本盤とはいえ初期盤のLPレコードで聞いたからだろうか。
 あまりにパワフルで凄絶な演奏なので、常に気楽に聞けるレコードではないが、決して忘れ去ることのできないミュンシュのブラ1であった。

ラトルのブラームス1番の「究極のアナログ録音」から端を発して、聴き続けたブラームスの交響曲1番の名盤の数々(ベームのベルリンフィル盤、CDだがガーディナーORR盤のすばらしさ、については割愛する)。
今日、クラシック音楽の大先輩T氏と湘南SPレコード愛好会の定例会でお会いしたのだが、私がブラームスの一番ばかり聞いている、という話しになったら、「あっ!それって、手塚治虫と同じじゃないですか。手塚さんは、作品を書くとき、繰り返し繰り返しブラームス交響曲一番ばかり掛けていた、ということですよ。とても有名な話しです。もう同じ境地ですね(笑)」ということだった。ちょっとびっくり、であった。


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情報も現物もすぐ手に入るデジタル情報時代。ブラームス一番をいろいろなレコードで聞いてみようと思って二週間も経たないうちに、ほぼ気になるLPレコードは今回すでに入手できている。私の学生時代、ほとんど情報は閉ざされており、また限定されたレコードしか入手できなかった。
 どちらが音楽を深く聴けているのか。いずれにしても、レコードをめぐる状況の変化に唖然とするばかりである。

使用したオーディオ装置 LINN LP12 urika2 + Klimax DSM/2 + RCA250 amp + タンノイIIILZ
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